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帰りの馬車の中で、送ってくれたナツさんからユーキのことをいろいろと教えてもらった。

彼は現在ロンディウムの重臣たちにとって、口に出して言うことは少ないけれど、密かに厄介な存在として睨まれているんですって。

目障りだけど、表立って排除することも出来ない、面倒な人間として。

もちろんユーキのことを認めてくれている人たちも大勢いるけれど、彼がタナタスの仮王であることと、タナタスが衰退していても古くて今もある種の権威を持つ国であることが今も問題視されているのですって。

本来ユーキは仮王から正式の王に戴冠することも可能だったらしいから。
血筋から言っても、能力から言っても。

「ユーキ様が綺麗でやさしい見た目どおりで、リラを弾くことくらいしか能がない男だったら問題は無かったの。
でも昨年ロンディウムから少し離れた地で内乱が起きてケイ王様が平定に出かけた留守中に、今度はロンディウムの中でも騒ぎが起きたの。おそらく遠くまでケイ王様を外へと引っ張り出せたことで、帰ってくるまでにロンディウムを手に入れて、この国全部を手中に収められると思ったらしいわ。
ケイ王様は留守中に代理の者を置いておいたけど、真っ先に殺害されてしまった。反乱者たちはケイ王様は独裁者だから、他に統治能力は持っている者はいないと思っていたようね。
ここで反乱を起こしても騒ぎを抑えきれるような手腕のある者はいないから簡単に制圧できると考えていたみたい。一時はクーデターを起こした者たちはケイ王様が帰ってくるまでにロンディウムを手中にするかと思われたわ。彼らは更にこの地を拠点として、あわよくばガリアを自分たちのものにするつもりさえあったから、そのまま進んだらいったいどうなったか」

ナツさんはそのときのことを思い出したのか、身震いしていた。

クーデターはロンディウムのあちこちに起こされた火事と、街のあちこちに略奪と無差別に住人たちを切り殺す暴徒が放たれたことで大混乱になったそう。

ところがそこで立ち上がってケイ王様の代行をし、すべての混乱を速やかに沈静化させ、クーデターを起こした者たちすべてを捕らえるためのさまざまな方策を命じたのがユーキだったのですって。

「急いで内乱を収めてケイ王様がロンディウムに戻ってきたときには事件はすべて鎮まっていたわ。そして、タナタスの仮王がやった権限は自分が事前に認めていたことだとして追認したの。
反乱を起こした首謀者たちはケイ王様に処刑され、反乱は終わって、何も問題なく元通りになるはずだった。
けれどユーキ様に統治と戦略の才能があることに重臣たちが気づいてしまったことがまずかったのね」

ナツさんは深いため息をついた。

「ユーキ様にその気は無くても、ブリガンテスの支配に不満のある者たちによって担がれ、旗印にされるのではないかという不安を抱くようになったのは仕方ないことかもしれないわね。確かにあれ以来タナタスの仮王であるユーキ様の身辺には何とかしてつながりを持って、タナタスで少しでも良い立場を持ちたいと群がってくる人が増えたもの。
ユーキ様はほとんど会うことはなさらないけど、やっかいな連中のせいでブリガンテス内部でも力を持とうとしているのではないかと疑惑に駆られている人たちの視線がうっとうしくなっているの」

ユーキがこの地に幽閉されているように見えているのもそのせいらしい。

タナタスの仮王を本物の王にしようと画策するものたちからの誘いを防ぎ、ブリガンテスに謀反しようとしていると言質をとられないように、この館から姿を現さない。そして、実際には館から姿を消して、ただの薬草園のユーキのままで過ごしているという。

「でもそれじゃあケイ王様の囲い者の身分でいるのを受け入れているってことじゃないですか?彼がやっかみの暴言や悪口を言われているのをまだこの地に来て間もないあたしだって聞いて知っているっていうのに。邪魔者扱いにして何とか排除しようとしている者だっているんですよ。身の危険だってあるかもしれないし」

うん、そうだよね。短絡的なヤツって排除すれば自分がその場所にいけるって思うものだもの。ぜったいにありそうな話だわ!

「ケイ王様はユーキを守ってあげないんですか?!
だったらいっそのことちゃんとタナタスの王様になってみせて、身分を示した方がユーキは安全なんじゃないですか?あのままじゃユーキが気の毒ですよ」

「まあ、それはそうだけどね」

ナツさんは苦笑してみせた。

「でもね、ユーキ様がもしタナタスの正式な王位に就くと、立場としてはケイ王様と同等の地位に就いたと見る人が大勢いるの。タナタスという国は軍事力はもう昔ほどなくても、周辺の国に声をかければ軍勢が集めることができるだけの力を今も持っていると考えられているところがあるから。それは更にやっかいな問題を引き寄せてしまうことになるのよ。
ユーキ様がガリア全体の王になれるんじゃないかって考えるばかな人たちが出てくるから。いえ、今だって何人も彼に勧めてくる人がいるのよ。今日だってそんな人たちだったわ。ブリガンテスに代わってガリア全土を制圧しましょう、なんて。そんなことを勧められたってことだけでユーキ様の立場が悪くなる事に気がつかないおばかさんたちばかり!」

ナツさんは、ふんと鼻息荒くしていた。

「ユーキ様は知っているの。ガリアが平和でいられるためには、二人のリーダーが出てくることを避けることが必要だってことを。そして、唯一のリーダーになるべきはケイ王様なのだと分かっているのよ。だから、彼はただのユーキとしてロンディウムに住んでいるんだわ。ケイ王様もユーキ様のお考えをよくご存知だから、ユーキ様を大切にして、なるべく落ち着いた日々をおくれるようにお心を砕いているし。

だから大丈夫。ユーキ様の身の安全はどんなことよりも優先して守られているから。

もっともケイ王様がユーキ様を囲い込んでいるのは、政治的な問題があってこの地に引き止めているというより、お二人が愛し合って一緒に生きていける道を探った結果なんでしょうね」

ナツさんはくすくすと笑った。

「あー・・・・・なるほどぉ」

そうよねぇ。あれだけ『彼は僕のものです』って、見せびらかされちゃねぇ。

「あ、あなたも見ちゃったというか、見せつけられたクチだったわね?」

・・・・・ということは、ナツさんも何か見せられて困惑した被害者なのかしら?あたしが見せられてしまったシーンとは違っているだろうけど。

「言わなくてもいいわよ。まったくあの二人ときたら、ねぇ!」

まったくいつまでも熱々で困るわぁ、と ぼやいている。

「でも、お互いがお互いを必要としていて、言葉で言わなくても分かり合えるような存在はとてもありがたいことだろうと思うわ。特にケイ王様のようにガリアを守っていかなければならない立場の人間には、ユーキ様は孤独を癒してくれる唯一の存在なのだと思うから。
だから、頭が固くて戦うことや殺すことしか知らない男どもからユーキ様を守るのがお二人の間柄を知っている者たちの役目だと思っているの。もちろんわたしもその一人」

「あ、あの、あたしもその一人になれますか?」

あたしも思わず口にしていた。なにしろ大切な師匠なんですもの。当然よね!

「ええ、もちろん」

恋愛対象にするつもりなんてまったくないけれど、見ていて絵になる二人っていいわよねぇ。目の保養ってものよぉ。




こうして、あたしはこのロンディウムで仲のいい友人と望んでいた勉強という絶好の機会を手に入れた。それと、他人のアツアツの恋愛模様を横から見て楽しむっていうオマケつき♪



なんてラッキーなのかしらね!うふっ。